日本の労働人口が確実に減少傾向にある中で、それを補うロボットや人工知能(AI)、IT(情報技術)の活用があらゆる産業分野で進んでいる。福祉・介護分野も同様だ。生身の人が対象なだけに機器の活用には困難も伴うが、さまざまな工夫を組み合わせて人手不足を一部補っている事業所も出てきた。テクノロジーは介護現場を変えるのか。(2019年1月18日産経新聞掲載)
睡眠、一目で確認
「夜間巡回で、入居者が目を閉じて静かに横になっていれば『眠っている』と思っていた。しかし、そうではなかったことが分かり、驚いた」
東京都大田区の特別養護老人ホーム「フロース東糀谷(こうじや)」。介護職の谷口尚洋さん(28)は、睡眠計測センサー「眠りSCAN(スキャン)」(パラマウントベッド)を使った第一印象をこう話した。「眠りSCAN」は、ベッドのマットレスの下に敷き込む機器で、呼吸や体の動きから「睡眠」か「覚醒」か、リアルタイムで端末に映し出す。利用者が目を閉じて横になっていても、眠っていなければ一目で分かる。
導入後は、夜中に目が覚めるなど眠りが不安定な人のケアを見直した。就寝時間を遅らせたり、飲料をカフェインレスにしたり、日中の活動量を増やしたり…。夜間に熟睡できるようになると、食事が進み、生活全般のリズムが改善。眠りが安定する様子は端末で確認できた。谷口さんは「介護は、職員が必死にやっても成果が見えづらい。でも、自分たちのがんばりが見えるようになった。モチベーションになる」と言う。
0.8人分を機器で
同ホームは「革新的取り組み」を掲げ、これまでに約90種類の機器を試し、その中から約20種類を導入した。介護職の時給に換算し、どのくらい職員の負担軽減になるかなどで導入を決める。
その結果、現在の職員配置は、利用者2.8人に対して介護職1人。ここと同じタイプの特養ホームが平均で利用者2人に介護職1人程度なのに比べ、0.8人分を機器で代替した格好だ。
眠りSCANのほか、職員の負担軽減になった機器に、超音波で膀胱(ぼうこう)の膨らみを測り、排尿のタイミングを知らせる「DFree(ディーフリー)」(トリプル・ダブリュー・ジャパン)が挙がる。個々の排尿リズムに合わせてトイレに誘導できるようになり、無駄なオムツ交換がなくなった。
夜間も他の機器と組み合わせて、尿がたまり、しかも眠りが浅いとみられるタイミングでトイレに誘う。臨機応変なケアに移行した。あわせて夜間の定期巡回を減らした。定期巡回が眠りを妨げていることが記録から分かり、室内センサーなどの利用で安否確認は可能と判断したからだ。
手順も同時に見直し
ただ、同ホームを運営する社会福祉法人「善光会」の宮本隆史理事は、「機器は1つでは機能しない。複数を組み合わせ、機器に合わせて現場の業務手順(オペレーション)を考えるのも不可欠」と言う。1つの機器の機能はまだ限定的で、単純に導入するだけではかえって現場の負担になりかねないのも現実だ。
有料老人ホームなどを運営する「オリックス・リビング」(東京都港区)も、導入で苦労した経験を持つ。同社はメーカーと機器を共同開発するなど、今では現場で7種類を利用する〝推進派〟だ。だが、例えば見守りシステム「ネオスケア」(ノーリツプレシジョン)を全室に導入した当初は頻繁にアラームが鳴り、スタッフから「仕事にならない」と悲鳴が上がったという。使用を転倒リスクのある人に限り、アラームの設定などを見直した。工夫を重ね、現在はスタッフから「転倒事故の防止ができる」と評価する声が出るまでになった。
◆職員配置の緩和も
各事業所が曲折を経てもテクノロジー活用を目指すのは、介護人材が不足することが確実だからだ。
厚生労働省によると、就業者に占める医療・福祉職は平成30年には8人に1人だが、約20年後には5人に1人になる計算。ある厚労省幹部は「医療・福祉分野にばかり、そんなに人を投入できるはずがない」ともらす。苦肉の策が外国人材の受け入れと、介護ロボットなど機器の活用だ。
平成30年度の介護報酬改定では、センサー付き見守り機器を使う特養ホームなどに、夜間の職員配置の緩和を認めた。介護報酬を検討する厚労省の専門部会では「時期尚早」との声も出たが、機器導入の勢いは加速している。