口腔ケアを通して、関係性を築く
「食べて出す―というのは日常生活の基本ですが、その質改善には口の中のケアは欠かせません」。こう強調するのはケアホーム西大井こうほうえん(東京都品川区)の施設長、田中とも江さん(73)だ。同施設は、介護スタッフが歯科衛生士と連携した「口腔ケア」に力を入れている。現場を支えるスタッフに話を聞いた。
◇スタッフ同士がケアで切磋琢磨
JR横須賀線西大井駅下車、徒歩5分の好立地にある西大井こうほうえんは、区立小学校をリニューアルし、2009年3月にオープンしたサービス付き高齢者向け住宅だ。
42室に46人が入居。22人の介護・看護スタッフが日々の介護サービスを提供している(2022年9月末現在)。
週2回、非常勤で施設を訪れ、介護スタッフに口腔ケアを指導している歯科衛生士、奈良とみ子さん(68)がいう。
「私は12年間ほど、特別養護老人ホームで週に一度、口腔ケアを行っていました。しかし、せっかくケアをしても、1週間後に訪問すると元に戻ってしまっている。行き詰まりを感じ、60歳のときに仕事を辞めました。あるとき、田中施設長に口腔ケアのできる介護職員を育ててほしいと声をかけられ、こちらに勤務することを決めました。(日々の生活に携わる)介護スタッフが、口腔ケアを継続することで誤嚥(ごえん)性肺炎の予防だけでなく、口腔の健康に直接つながっていることを理解することが肝心ですね」
奈良さんは、「毎日の口腔ケアを積み重ねることで、利用者の歯ぐきからの出血がなくなり、誤嚥性肺炎にならなくなる経験を共有できたこと、スタッフ同士が切磋琢磨する姿勢があるのが、ここ(西大井こうほうえん)の強みでしょう」と話す。

施設全体での口腔ケアの取り組みは2016年4月からスタート。自立の人には、正しいブラッシングや口腔トレーニングなどのセルフケアを継続してもらう。一部支援が必要な人にはスタッフが不足部分を補い、すべて支援が必要な人にはセルフケアを代行する。介護スタッフが、歯や歯ぐき、セルフケアの状況などを「口腔アセスメントシート」に従ってチェックし、歯科衛生士と一緒に口腔ケアプランを作成。それを情報カードにして、各居室の洗面台に置き、スタッフが日々の口腔ケアを行う際に使っている。
◇モチベーションアップに「資格制度」
奈良さんから指導を受ける介護福祉士の沼上久美子さん(34)は「介護職員が口腔ケアを行うといっても、単に『お口の掃除屋さん』になってはいけない、と思っています。別の介護施設で働いていたときにも口腔ケアの経験はありましたが、ここでは介護スタッフみんなで口腔ケアに取り組んでおり、感動したほど。口の中の状態が悪いと食事もとれなくなりますが、毎日のケアで口臭がなくなることもあります。食事、入浴、排せつと同様に重要なケアなんです」と強調する。
これまで、介護スタッフが歯や舌の汚れ、歯ぐきの炎症や入れ歯の不具合に気づき、スタッフが情報共有をすることで、その人に合ったケアをしてきた。
そうしたことの積み重ねで、歯ぐきからの出血がなくなったり、入れ歯の掃除を任せてもらえるようにもなったという。田中さんは「ケア技術の向上だけでなく、入居者との関係性もより築けるようになっている」と言い、「入居者に誤嚥性肺炎の発症もなくなり、「職員、スタッフが口腔ケアに自信を持ち、仕事への自負もより育った」という。
田中さんは、排泄ケアに関して介護業界では知らぬ人がない存在だが、「人間は、食べて―出すという当たり前のことなしには生きていけない。その中で口の中のケアが、おろそかになっていたと思います」と話す。
こうほうえんでは、スタッフのモチベーションを上げるため、口腔ケアのスキルに応じてブロンズ(初級)、シルバー(中級)、ゴールド(上級)の3クラスを認定する、独自の技術認定制度を設けた。
「まだ、シルバーとブロンズしか認定を出せていないが、将来は、ゴールドの認定を受けたスタッフが地域で介護を行う人たちに、ボランティアで口腔ケアの技術を伝えることを考えています」と田中さんはいう。

