元おニャン子クラブ 新田 恵利さん
介護スタッフに感謝 「母を好きになってくれてありがとう」

2021/09/10

かつて「おニャン子クラブ」で一世を風靡したタレントの新田恵利さん。2021年3月に6年半の在宅介護の末、母のひで子さん(享年92)を看取った。新田さんに、自宅での介護の体験と、支えてくれた人たちとの付き合い方をつづってもらった。
今年の3月23日、母は桜満開の中で家族に見守られて旅立ちました。6年半の在宅介護でした。
突然始まった介護生活。骨粗鬆症による腰椎の骨折で入院し、退院時に立てないことが判明。何の準備もないままのスタートでした。
ケアマネジャーさんと作ったプランは「訪問リハビリ」「訪問看護」「週1回の訪問入浴」「隔週の訪問ドクター」。リハビリに重点を置いたプランが始まって半年もたつと、寝返りすら打てなかった母は、ベッドの縁に座れるまでになりました。

介護生活について語る新田恵利さん

●母が安心できる計画

ケアマネさんと次のリハビリプランを考えました。ただ、本人はトレーニングに不安と怖さが先立ち、「女性スタッフでは、安心して身体を預けられない」と思ったようでした。

私は、そんなことはないと思いながらも、本人の気持ちが大切なので、訪問リハビリのスタッフを、男性スタッフに替えて頂きました。主役は母です。その意思を反映させることは大事なことだと思ったからです。

母は満足だったのでしょう。リハビリの効果も目に見えて出てきました。

一方、訪問看護は合わなかったようです。体をさすってもらい、お話をするくらいで、半年くらいでやめました。当初のプランにこだわらず、合うように変えていくことが大切だと考えました。

●介護スタッフの寄せ書き

回復し出すと欲が出ます。40日間のリハビリ入院をしたいと、母が言い出しました。わがままな母が辛いリハビリと、好まない病院食に耐えられるのか? 娘の心配をよそに、入院中、スタッフさんと良い関係が築けたようで、退院時には寄せ書きや写真入りの色紙を頂きました。

1年後には「要介護4」から「3」になり、デイサービスへ通えるようになりました。私の住む町には、要介護4以上を受け入れてくれる事業所がなかったのです。

母の車いすを押し、院内だけでなく積極的に外出もした(提供写真)

●かわいいおばあちゃんに

年を重ねると「頑固になる」だの「扱いづらい」だのと耳にします。母には「かわいいおばあちゃんになってね」と言い続けてきました。

デイサービスに通い始めて初めての誕生日には、イラスト入りの色紙をプレゼントしてもらいました。デイサービスでもかわいがってもらえたようです。

昨年の夏に再度、腰椎を圧迫骨折。痛みで水分も食事も取れず、入院。医師から「終末期」と聞かされ、覚悟をもって退院させたのですが、母は復活! 大好きな中トロのお刺し身とホタテを1週間、食べ続けました。

●希望を伝えて体制見直し

デイサービスを諦めて、当初のように訪問看護、訪問入浴、訪問診療を利用しました。問題は、どの医師に来ていただくか。訪問看護師さんから、あるドクターの巡回を月2回、強く勧められました。

母は通い慣れた診療所の女医さんが大好き。訪問もしてくれます。結局、その女医さんに月1回の訪問をお願いしました。紹介されたドクターを断る気まずさも感じましたが、理解して頂きました。

介護の過程では、本人や家族が必ずしも必要としていないことを勧められることもあります。「決まりだから」と受け入れるのではなく、希望や気持ちを伝えながら、お互いに納得して介護の質を上げていくのは大切なことだと思います。

介護職に任せきりにせず、できるだけ母の近くにいることを心がけた(提供写真)

●最期は訪問看護に頼る

2021年の年が明け、母の食欲はみるみる減っていきました。衰弱で短期入院したところ、ひどい褥瘡(床ずれ)ができてしまい、毎日、看護師さんの訪問をお願いしました。

そして3月23日。家族が見守るなか息を引き取りました。目を閉じた母は、「かわいいおばあちゃん」でした。

初七日には訪問介護のスタッフがそろってお線香をあげにきてくださいました。涙しながら母をしのび、慈しんでくださいました。母を好きでいてくれたと心から感じ、感謝の気持ちで一杯です。今までお世話になったたくさんの方々に、この場をお借りして…。本当にありがとうございました。

新田恵利さんの6年半の介護生活を綴った『悔いない介護』(主婦の友社、1540円)が、9月29日に発売になります。ネット、お近くの書店でお求めできます。

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