元力士たちが選んだセカンドキャリアは介護職

2021/08/13

東京スカイツリーにほど近い東京の下町にある介護事業所「デイサービス花咲」(東京都墨田区)。お年寄りが日中やってきて、食事をしたり、入浴をしたり、アクティビティをしたりして過ごす。ここは、利用者のケアを大相撲の元力士たちが担うという珍しい施設だ。元「お相撲さん」だけに、その体力を生かしたケアが評判かと思えば、実は、相撲界で身に着けた「付け人」のような目配り、気配りを生かしたケアが評価されているようだ。

◆相撲部屋経験を介護に生かす

介護職として働く中板秀二さん(39)は2年前まで、「駿馬赤兎(しゅんばせきと)」の四股名(しこな)で知られた元力士。最高位は幕下22枚目で関取には手が届かなかったが、15年間大相撲の土俵で活躍した。

「2019年5月場所を最後に引退したのですが、社長から声をかけられて介護の仕事に入りました」という。

社長とは、デイサービス事業所を運営する株式会社シリウスの上河啓介社長(43)だ。上河さんも最高位十両2枚目で、「若天狼(わかてんろう)」の四股名で活躍した元力士。自身が相撲界を離れてから、引退力士たちのセカンドキャリアに役立てたい、と会社を設立した。デイサービス事業のほか、元力士らが所属し、相撲解説やショーを行う「お相撲さんプロモーションズ」を経営。引退力士らと設立した社団法人「力士セカンドキャリア推進協会」の活動も。中板さんも、当初は相撲ショーに出演するなどしていたが、今はコロナ禍で開店休業状態。社長の勧めもあって、介護職の最初のステップである「初任者研修」を修了。さらに、サービス利用者と事業者とを橋渡しする「介護サービス相談員」の資格を取るなどして、今は介護の現場でフル回転だ。

介護の仕事について2年がたち、利用者の送迎や食事の介助など、すっかりこの仕事になじんだ中板さん。

「この仕事が大変だと思うことはないですね。先日横綱になった照ノ富士は弟弟子で、私は彼の付け人をやっていたこともあるんです。力士の世界では関取の入浴や食事(ちゃんこ)などいろいろな世話をしましたが、それは今の仕事にも通じる部分があります」と話す。

中板さんは、能登半島の先端、石川県珠洲市の出身。奥能登の名門・県立飯田高校でも相撲で活躍したが、大学進学後は中国語を学んだという変わりダネだ。「中国で日本語学校の教師になる話もあったのですが、大相撲の世界に進んだのです」と笑う。

現役時代の身長は165センチ、体重100キロと、現在十両(元幕内)で同じ石川県出身の人気力士、炎鵬(26)と大差ない小兵だった中板さん。入門2年目の2005年11月場所で序二段優勝をするなどし、長く土俵に立ったが、限界を感じて第二の人生に介護の仕事を選んだ。

身長190センチを超える阿嘉さん(右)と中板さん

デイサービス事業所の責任者で、中板さんの上司でもある阿嘉(あか)宗彦さん(48)も「若ノ城」の四股名で十両優勝経験(最高位前頭6枚目)がある。2004年5月場所で12年間の土俵生活に別れを告げ、プロ野球マスターズリーグなどで働いたが、2013年2月にデイサービス花咲が開業した時から介護にかかわっている。

「元相撲取りに何ができるのか、という目で見られることもありましたが、私自身、通信教育を受けて社会福祉主事の資格を取るなど、勉強しましたよ」という。そのうえで元力士は介護の仕事に向いていると話す。

やはり、普通の人より体が大きく、力があることが有利に働くということかと思えば、むしろアピールポイントは、培った観察力や気配り。

「なんといっても、力士たちは相撲部屋という場で共同生活を送った経験があります。番付が上だったり、先輩力士の世話をしたりすることが身についており、協調性もある。そういう点は介護の仕事に向いていると思います。元力士のそうしたところが、利用者の方々にも安心してもらえているんじゃないでしょうか」と話す。デイサービスの利用者らの人間関係に目配りしたり、気持ちを察して声をかけたりするのも得意技だ。

事業所は朝9時から夕方5時までの営業で、利用者定員10人がほぼ埋まる状態という。

事務所の机の上には優勝杯を抱える照ノ富士の写真が飾られていた

阿嘉さんは、「8年間やってきて地域の方々にも『ここなら大丈夫』と任せてもらえています」と胸を張る。

社長の上河さんは「現役時代に慰問で高齢者施設や病院を訪ねたら『お相撲さんが来てくれた』と喜んでもらえました。あれが、この仕事を始めた原点だと思います。これからも介護は素晴らしい仕事だ、と伝えていきたいですね」と話している。

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