これができれば人生満足! 日常を取り戻す

2021/07/02

カフェでコーヒーを飲みながらのおしゃべり、寄席での落語見学…。介護保険制度でカバーできないお年寄りの願いを、地域のボランティアと一緒にかなえる取り組みを、東京都千代田区の高齢者福祉施設「かんだ連雀」のボランティアグループ「すみれ会」が行っている。題して、「これができれば人生満足!」事業。ボランティアコーディネーターを務める同施設の介護福祉士、福本美希さん(32)は「なくても生活はできるけれど、お年寄りが大切にしている日常の喜びを、ボランティアと一緒に取り戻したい」と話している。

寄席で落語を楽しんだ後、笑顔で集合写真におさまるお年寄り(前列)と福本さん(後列中央)、ボランティアら=令和元年7月12日

■介護保険の限界

「これができれば人生満足!(人生満足)」は平成29年、「介護保険制度でできることは限られている。お年寄りが自分らしい生活を送るためのサポートを、何とか実現できないか」という上司の提案で始まった。ちょうどその頃、福本さんは、訪問介護を担当していた一人の女性のことで心を痛めていた。女性は訪れるたびに「一緒にコーヒーを飲みに行きましょう」と誘ってくれる。しかし、介護保険では一緒にコーヒーを飲むことは認められていない。福本さんがそう説明しても、認知症の女性は顔を見るたびに誘ってくれる。その誘いを断る繰り返しを心苦しく思っていたところだった。

■人生満足の第1号

「人生満足」の第1号となったのがこの女性。平成30年8月、近くの大学のボランティアサークルの学生が「お茶のみ友達」をかってでてくれた。女性と、サポートにあたる福本さんと3人で、念願だったカフェを訪れた。女性は明るい色の服でおしゃれをしており、表情もいつもとは違う。ふだんは足元がふらつく階段もしっかりした足取りで上り、会話がはずんだ。福本さんは「次の日には忘れてしまいますが、友人とコーヒーを飲んで楽しくおしゃべりする日常を取り戻すお手伝いができた」と話す。

別の高齢男性はジャズが好きで、かつてはギターやトランペットを演奏していた。男性ボランティアを交えてジャズ喫茶に行き、好きだったジャズの話で盛り上がった。日頃は指を動かすのもやっとだが、そのときばかりは、喫茶店の重い陶器のマグカップをしっかり握っていた。寄席を楽しんだお年寄りも表情が全く違っていた。

■優しい祖母が福祉の道へのきっかけに

福本さんが福祉の道に入ったきっかけは、特別養護老人ホームに入所していた祖母の存在だ。脳梗塞で言語障害があり、意思疎通が難しかったが、ホームの職員が手助けしてくれた。かわいがってくれた祖母だったが、福本さんが10歳のときに亡くなった。幼かった福本さんは、姉や母のように車椅子を押すこともできず、それが心残りになっていた。

中学2年生のとき、クラスメイトらと近所のデイサービス事業所で民謡ソーラン節の踊りを披露したところ、お年寄りにとても喜んでもらえた。この2つの思い出から、大学では人間福祉を専攻。平成24年、かんだ連雀を運営する社会福祉法人多摩同胞会に就職した。

■忘れられない出会い

就職して最初に配属されたのが、認知症のお年寄りのグループホームだった。そこで、大きな壁にぶつかった。先輩の介護には身を任せるお年寄りが、福本さんの介護は拒否する。介護のメニューをこなすことができなかった

「認知症のお年寄りは、こちらの気持ちを敏感に感じ取ります。不慣れで緊張している私の不安を感じ取って、お年寄りも不安になっていました」

中でも1年目に出会った女性のことは忘れられない。スムーズに介護できるようになったと思っていたら認知症が進み、福本さんの介護を拒否して、噛んだり暴れたりするようになった。振り上げられた女性の手をよけると転倒してケガをさせてしまうため、よけることもできない。生傷が絶えず、どうしてよいのかわからず思わず涙がこぼれた。女性本人も大声で泣き出したこともあったという。

「認知症が進むことが不安で、それに戸惑って暴れていた。泣かれていたのも自分の行動に驚かれたから。認知症の人が抱える不安や怖さ、辛さを教えてもらいました」と福本さんは振り返る。

この女性は特別養護老人ホームに移り、まもなく亡くなった。こうした出会いと別れからの学びが、福本さんの核になっている。

買い物を楽しんだお年寄り(左)と、この日の“戦利品”を持って記念撮影する福本さん(右)=令和2年11月11日

■ボランティアが主体的に支える

現在、すみれ会のボランティア登録者は40代~70代の約20人。新型コロナウイルスの感染防止のため、飲食を伴うボランティアは中断しているが、「かんだ連雀」が自動車を提供してくれて、大型スーパーマーケットでお年寄りが自由に買い物をする事業は再開した。ボランティアも自分たちが役立っていると実感できるため、「人生満足」の再開を心待ちにしていたという。

福本さんは、「今後は、私たちは後方支援にまわり、ボランティアさんが主体となって、お年寄りを支える仕組みを作りたい」と話す。

すみれ会のすみれの花言葉は「小さな幸せ」。地域でお年寄りの日常の幸せをボランティアが支え、双方が幸せになる仕組みを実現させるという。

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