今、できることを~皆が「当事者」のwithコロナ時代~<6>

2021/03/26

前回、私の癒やしである姪っ子が今年、小学校を卒業したと書きました。新型コロナウイルスの影響で、卒業生と限られた保護者のみが参加するといった形式になっていなければ、伯母ばかですが卒業式に出席したかった(苦笑)。母の代わりに妹を育てたつもりの私にとっては、姪っ子は孫も同然なので、保育園のお遊戯会はもちろん、小学校にあがっても運動会や(なんと!?)授業参観にも顔を出していました。

姪っ子の卒業式には出られませんでしたが、30年前、入院していた母の代わりに慣れない盛装をして妹の卒業式に私は出席することになりました。母が倒れて以来、寂しい思いをし、我慢を重ねてきただろう妹を見ているうちに、いろいろな想いがこみあげて1人で号泣したのを覚えています。その妹も、今では3人の子を育てる立派な母親。私は現在、こうして過去を振り返りながら人々に伝える仕事をしていますが、今を懸命に生きる妹には泣いている暇もありません。同じ介護の経験をしていても、人生それぞれだなとしみじみ感じます。
【くも膜下出血の8年後、母に末期のがんが判明…町亞聖さんコラム5回目はこちら】

◆「感謝だわ」と言葉にできた母、最期まで自分らしく・・・

ある日、突然出血して末期の子宮頸がんと分かった母。手の施しようがないと知って、私たち家族は残された時間を母と自宅で過ごすことにしました。万一、容体が急変してもナースコールのない自宅で、家族の手で看取る…。これには本人と家族の「覚悟」と「決断」が必要でした。

母を我が家に連れて帰るにあたって、一番大きな「決断」は人工肛門の手術をすることでした。母のがんは腸を巻き込むように大きくなり排便ができなくなっていて、そのままにしておくと腸閉塞を起こして死んでしまう可能性があったからです。
全身状態が万全ではないこと、末期がんの身体にメスを入れるためがんを刺激してしまうことなど、先生は私たち家族にあらゆるリスクを説明してくれました。もちろん母にも図を描いてきちんと説明し、納得してもらったうえで手術をお願いしました。人工肛門の手術は無事成功し、母は最期の数カ月、排便の苦しみから解放されることになりました。

亡くなる数週間前に利用した訪問入浴サービス。「死」を目前にした人間の笑顔とは思えず撮影した一枚

自宅に戻ってきた母ですが、すでに自力ではトイレもできず、栄養補給のための点滴、尿カテーテル、そして人工肛門を装着していました。どれも必要な処置でしたが、第三者が見れば、「生きている意味があるのか」と考えてしまうような状態だったと思います。
それでも母は笑顔を絶やしませんでした。いつも「感謝だわ」という言葉を口にして、帰り際の訪問看護師さんに飴やガムを渡していたものです。最期まで自分のできることをしながら、母らしく過ごせたのは我が家だったからだと思います。

◆「ただ、そこに在るだけでいい」という尊さ

そして、覚悟した通り家族だけで迎えた“その瞬間”。母は父の方を見て微笑んでいました。身体は不自由でも心は自由だったと思わせてくれる笑顔でした。
終わりを告げた「覚悟」と「決断」の日々…。母が母らしく過ごした最期の日々は、信頼できる先生や看護師さんがいてくれたからこそ、実現できたことでした。看取りで大切なのは場所ではなく、適切なサポートを途切れることなく受けられること、そして命と向き合う本人や家族の覚悟と決断を支え、見守ってくれる“人”がいるかだと確信しています。

母亡き後に出逢った在宅医療に尽力している先生が、母のような状態を「ただそこに在るだけでいい尊さ」と表現してくれました。そして「何のために生かされているのか」を問うのではなく「私たちに何を語りかけているのか」を問うべきではないか、とも。

ベランダで育てていた時計草が季節外れの花を咲かせ母を喜ばせてくれた

障害者になったときも、末期がんと分かったときも、ただ静かに自分の運命を受け入れていた母。我が家で一番強かったのは母でした。その姿を通じてたくさんのことを教えてくれましたが、最後の最後に母が語りかけていたのは「命は限りがあるからこそ輝く」ということでした。

◆在宅や終末期で一番重要なことは「納得して選択すること」

大切な人を亡くすという経験は、多くの人にとって不可避なもの。どんなに手を尽くしても後悔は残ります。だからこそ重要なのは「納得して」選んだかどうかだと思います。
在宅を選ぶのであれば、医師や看護師に「すべてお任せ」は通用しません。先生がなんとかしてくれるのではなく、自分たちはどうしたいのか、という意思表示をきちんとすることが必要です。
昨年、終末期を迎えたときの医療の選択などについて家族などで話し合う「人生会議」が話題になりました。言語障害を抱えていた母は“心の襞”を表現することができませんでした。ですので、治療法や在宅の選択も母自身が決めることは難しく「もし自分だったら」と考え私が母の代わりに決断することになりました。認知症の場合も本人の意思確認をどうするのかは大きな問題となります。

「可能性があるならば新しい治療を受けたい」「出来る限り最期まで自分らしく仕事をしたい」「住み慣れた我が家で家族と過ごしたい」など、ひとりひとりにそれぞれ大切にしたいものや希望があるはずです。人生会議は単に医療の選択を決めるものではありません。最期まで納得して生き切るための選択をするために、やはり元気なうちに家族で話し合っておいてほしいと思います。

しかも現状では、新型コロナの影響で病院でも面会制限が続いており、家族の付き添いやお見舞いさえ叶わない状況です。終末期の患者さんにとって、残された貴重な時間を家族とほとんど過ごせずに、悲しい別れを迎えている人が少なくありません。
以前のコラムで紹介した「義母を諦めました…」とメッセージをくれた知人も、やはり義理のお母さまに逢えないままの別れになってしまったそうです。
本当にこのままでいいのでしょうか? 海外のある病院では、医療ソーシャルワーカーの尽力により、終末期を迎えた患者さんが家族と最期の時間を過ごすことができたという記事が新聞に載っていました。治療以外の面でも、ソーシャルワーカーや臨床心理士など、専門職によるケアに力を入れるなどまだやれることがあるはずです。
次回のコラムでは「病を治すのではなく、人生の最期の時を悔いなく生きることを“支え見守る医療”があってもいい」と提唱し、実践している在宅医を紹介したいと思います。

次回に続きます】
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≪プロフィール≫
まち・あせい 埼玉県出身。小学生の頃からアナウンサーに憧れ1995年に日本テレビにアナウンサーとして入社。その後、報道局に異動し、報道キャスター、厚生労働省担当記者としてがん医療、医療事故、難病などの医療・介護問題などを取材。また北京パラリンピックでは水泳メダリストの成田真由美選手を密着取材。“生涯現役アナウンサー”でいるために2011年にフリーに転身。脳障害のため車椅子の生活を送っていた母と過ごした10年の日々をまとめた著書「十年介護」を小学館文庫から出版。医療と介護を生涯のテーマに取材、啓発活動を続ける。(公式ブログ→http://ameblo.jp/machi-asei/

≪出演番組≫
☆文化放送 毎週土曜あさ5時35分~5時50分
「みんなにエール!~障害者スポーツ応援番組~」
☆ニッポン放送 毎週日曜あさ6時25分~6時55分★HPで視聴可能
「ウィークエンドケアタイム「ひだまりハウス~うつ病・認知症を語ろう~」

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