今、できることを~皆が「当事者」のwithコロナ時代~<2>

2021/02/26

コロナによる自粛生活が続いていますが、こんなに自炊の日々を送るのは母の代わりに家族のご飯を作るようになって以来のことかもしれません。何もしないで食卓にご飯が用意されているのは当たり前ではなく本当に幸せなことだったとつくづく痛感しています。花嫁修業はもう十分すぎるくらいなのですが、力を発揮できるのは果たしていつになるのか…。【高校3年のある日、母が倒れた。突然の介護、ヤングケアラーに…町亞聖さんコラム1回目はこちら

◆“できないことではなくできることを数える”という発想の転換

さて、前回に続いて母の介護をしていた頃のお話です。

出口の見えないトンネルの中に急に放り出された私たち家族でしたが、本当に大変だったのは、母が家に戻って来てからでした。段差だらけの家のなかで、母の社会復帰のためのリハビリが始まりました。
私といえば、慣れない家事、母の介護、弟妹の世話、そして一浪してしまったので大学受験の勉強を抱えつつ、母が自分のことを自分でできるようにするために必死。正直くよくよしている時間もありません。

そこで私は「できないことではなくできることを数える」という発想の転換をすることに。お茶碗を洗う、洗濯物をたたむ、朝子供たちを起こすなど、時間はかかっても「できない」と決めつけずに何でもやってもらいました。そうしているうちに、できることが少しずつ増え、母は元気な頃と同じような、いえ元気な頃よりも天真爛漫で明るい、ひまわりのような笑顔を見せてくれるようになりました。

母と行った箱根彫刻の森美術館。ひまわりのような笑顔を見せてくれた

皆さんにぜひ知っておいていただきたいこと。それは、家族と専門職による介護には大きな違いがあるということです。その違いとは、家族は本人の元気な頃を知っている、ということ。威厳のあった父が、優しかった母が…など親の場合は特に、障害者になった姿や病気になった姿を簡単には受け入れられないのは当然です。実は家族の中で一番泣いていたのは私でした。なぜなら母が元気になる夢を何度も何度も見たから…。家族介護で大切なことは、一日も早く目の前の現実を受け入れることです。

車いす生活になった母との新しい暮らしは、試行錯誤の連続で失敗もたくさんしました。ただ、今思えば、介護が大きな問題になるはるか前で、「こうしなければ」というお手本や固定観念もありませんでした。「どうすれば母が笑顔になるか」だけを目標に過ごす毎日は発見の連続。工夫次第で介護が楽しいものになることにも気づくことができました。

◆「写し鏡」の介護、お互いが笑顔でいるために…  

家に戻った母は、自分が一番もどかしく辛いはずなのに、いつも笑顔で家族を見守ってくれました。私たちは母を支えているつもりが、いつのまにか支えられていました。

介護は「写し鏡」のようなものです。お互いに笑顔でいるためには、とにかく1人で抱えないこと。今は介護サービスもありますし、ヤングケアラーは特に、頼れる大人を1人でもいいので見つけてほしいと思います。

私たちきょうだいを助けてくれたのは母の親友の“山田のおばちゃん”でした。私の下手な料理を見かねたおばちゃんは、ある日山盛りのから揚げを作ってくれました。それを泣きながら3人で食べたことは今でも忘れられません。おばちゃんは、母亡き後も妹の子育てを支えてくれた心強い存在です。

退院後、母と”山田のおばちゃん”と、お祝いの食事会での記念写真

母には言語障害もあったので、細かい心の機微を言葉で聴くことはできませんでした。私が今、医療や介護の現場で障害者、難病、認知症などさまざまな方々の声に耳を傾け続けているのは、母が何を想い、生きていたのかの答えを探したいという想いがあるからです。また自身が介護の当事者になる前に、みなさんに“気づき”の種をお渡しするのも私の役割だと思っています。もし、母が車いすの生活にならなければ私は障害を持つ人が直面している“生き辛さ”に気づくことは出来ず、見て見ぬふりをしていたと思います。

世界中が新型コロナに直面している今だからこそ「当事者」という言葉をみなさんに意識してほしい。「障害はその人のせいではなく、“生き辛さ”を感じさせる社会や環境の側にある」と語っていたのは、ノーマライゼーション(障害がある人もない人も同じように暮らし、生き生きと活躍できる社会を目指すという理念)の産みの親、デンマークの行政官だったバンク-ミケルセンさんです。“もし自分だったら”という「想像力」と「共感力」を1人1人が発揮すればもっと優しい社会になると信じています。

次回に続きます】

≪プロフィール≫
まち・あせい 埼玉県出身。小学生の頃からアナウンサーに憧れ1995年に日本テレビにアナウンサーとして入社。その後、報道局に異動し、報道キャスター、厚生労働省担当記者としてがん医療、医療事故、難病などの医療・介護問題などを取材。また北京パラリンピックでは水泳メダリストの成田真由美選手を密着取材。“生涯現役アナウンサー”でいるために2011年にフリーに転身。脳障害のため車椅子の生活を送っていた母と過ごした10年の日々をまとめた著書「十年介護」を小学館文庫から出版。医療と介護を生涯のテーマに取材、啓発活動を続ける。(公式ブログ→http://ameblo.jp/machi-asei/

≪出演番組≫
☆文化放送 毎週土曜あさ5時35分~5時50分
「みんなにエール!~障害者スポーツ応援番組~」
☆ニッポン放送 毎週日曜あさ6時25分~6時55分★HPで視聴可能
「ウィークエンドケアタイム「ひだまりハウス~うつ病・認知症を語ろう~」

フォローすると、定期的に
\ケアするWebマガジン『ゆうゆうLife』の更新情報が届きます。/

Facebookページをフォロー
Share
LINE