エステティシャンから介護職に 

2020/01/06

身近な人を介護して看取るー。そんな経験が介護職への入り口となることがある。祖父の死をきっかけに、32歳で介護の世界に飛び込んだ女性に話を聞いた。

ホーム内には、利用者が作ったステンドグラス風の作品も飾られている=リハビリホームグランダ藤沢本町

■その人らしさを支える

介護付き有料老人ホーム「リハビリホームグランダ藤沢本町」(藤沢市)の介護福祉士、森聡美さん(40)は、以前はエステティシャンとして働いていた。リラクセーションの技術を学ぼうと20代半ばでハワイに留学中、祖父が病気から介護状態になった。幼い頃から「大好きなおじいちゃん」。帰国のたびに会っていたが、症状が進行。「もう長くない」と感じて日本に戻ることを決めた。

外出が好きだった祖父のために、温泉に同行したり、デイサービスに付き添ったりと介護の一端に関わった。一緒に過ごしたのは、亡くなるまでの1年ほど。「できることをしてあげられたので悔いはありません。ただ、祖父は家族だからこそ言えなかったこともあったかな、と今は思います」

祖父を見送り、介護の道を考えるようになった。「エステの仕事も、悩みを持っている方のお手伝い。誰かのために何かをするのが好きなんです」と森さん。平成23年から介護職として働き始めた。

介護福祉士の森聡美さん(右)は元エステティシャン。「人のために何かをするのが好き」という。

■生きる意欲を引き出す

森さんが日々の介護で大切にしているのが、「その人らしさ」。ある男性は入居当初、精神的に不安定だった。もともと美食家だったが食事も制限され、ストレスがたまっていた。突然泣き出すこともあった。

そんな男性がある日、ふと「水族館に行きたい」と漏らした。何か思い出があったのかもしれない。だが、歩行はつえを使っても2、3㍍。森さんは「じゃあ、歩けるようになって行きましょう」と話し、海の見えるイタリアンレストランでの食事も提案した。「歩行、もうちょっと頑張るかな」。男性の意欲が高まった。

その結果、半年足らずで市内の「新江ノ島水族館」に外出がかなった。長距離移動は車いすで。館内はつえを使ってゆっくりと。男性は水槽に張り付き、悠々と泳ぐ魚を見つめて、うれしそうにほほ笑んだ。

イタリアンの食事は、医師からも「1日だけなら」と許可をもらい、家族の了解も得た。「ホームにいるときとは違った笑顔でした」と森さん。

この日を境に男性は変わった。ほかの入居者に水族館の思い出話を語り、困ったときには森さんを頼るように。男性が息を引き取るとき、森さんが声をかけ続けると、ふっと表情が和らぎ、うなずいたという。

■幸せな時間を

歩くこと、食べること。プロが関わることで、できることは増えていく。「関わればよくなるし、やりたいこともできるようになる。放置すればどんどん悪くなってしまう」と森さんは言う。

できることが増えれば介護職の負担も減る。本人が生き生きとすれば、家族にも笑顔が生まれる。「介護は生活を支えること。介護する人も排泄(はいせつ)ケアなどしか見えていないと、働くことがつらくなってしまうと思う」とする。一番求められるのは、会話やコミュニケーションだと感じる。「施設で過ごす、一緒にいる時間を楽しい、幸せだと感じてもらえたら」。それが願いだ。

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