「忘れる事は悪い事ばかりじゃない」

2019/10/07

岡野雄一著『ペコロスの母に会いに行く』

岡野雄一著『ペコロスの母に会いに行く』(西日本新聞社)は、認知症になった母をモデルに息子が描いた漫画だ。「ペコロス」とは「小たまねぎ」のこと。ツルツル頭で母譲りの丸っこい体形のペコロスは雄一自身。認知症と脳梗塞でグループホームに入った母、みつえのもとへ、仕事の合間に週2、3度会いに行く。

息子と認識できない母も、雄一が帽子を取ってハゲ頭を見せると、「ゆーいちやっかー、また立派にハゲてぇ」と頭をぺしぺしたたく。グループホームのベッドでも、布団の縁を持ち、見えない糸と針で息子たちや父の洋服のふせ(継ぎあて)をする。みつえのユーモラスで、時に切ない姿に、ほのぼのとした共感を覚える。

著者は20歳のとき、父の酒乱から逃げ出すように、母を置き去りにして上京。40歳で離婚して子連れで長崎にUターンした。酒をやめて好々爺となっていた父がその10年後に亡くなり、その年に母の〝ボケ〟が始まった。5年間一緒に暮らした後、母は施設へ。父の遺族年金で母を施設に預ける著者にとっては「介護という言葉は縁遠く恐れ多」く、それがタイトルに込められている。

母のもとには、しばしば亡くなったはずの父が訪れる。酒乱で泣かされたこともすっかり忘れているのだ。桜の花びらが散る時期に半日いなくなった母が、「父ちゃんに花見に連れてってもらったバイ」とつぶやく。

はた目には徘徊や妄想でも、その人の人生を重ね合わせると、確かな意味が浮かび上がる。それは、著者自身の親子の記憶から映し出されたものだ。
現実の介護にはもっと厳しい場面もあっただろうし、認知症の人にどんな光景が見えているのか、本当は分からない。だから、これは著者と母が2人で作り上げた「作品」だ。

「忘れる事は悪い事ばかりじゃない。母を見ていて、そう思います」とあとがきにある。今年3月に刊行された文庫(角川文庫)でも、「母が亡くなって5年経つが、その気持ちに今でも変わりはない」と著者は記している。

今年5月には『続・ペコロスの母に会いに行く』(西日本新聞社)が刊行された。亡き父母の気配を感じながら、自身の老化も意識する日々。「生きとかんば(生きてなきゃダメだぞ)」「生きとけば、どんげんでんなる」というみつえさんの口癖に、励まされる人も多いだろう。(永井優子)

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