人生をコトコト煮込む母娘の物語

2019/08/19

阿川佐和子著『ことことこーこ』(KADOKAWA)

一人暮らしの母と電話で話していたら、役所の窓口でまごついて、頓珍漢な受け答えをしてしまったと言う。「ぼけ老人だと思われたかもね」と笑い話で締めくくるのを聞いていて、「余計なこと、言わないで!」と胸の内で小さな叫びを上げてしまった。想像したくない未来に心の奥がざわつく。母親には、いつまでも娘として頼っていたいのに。

阿川佐和子著『ことことこーこ』(角川書店)は、琴子(ことこ)と香子(こーこ)母娘の物語。38歳で実家に出戻った香子が、両親と弟一家とともに迎えた正月の情景から始まる。雑煮の味付けが薄かったり、毎年必ず作っていた牛すじカレーの材料が用意されていなかったり…。71歳の母、琴子の小さな異変に戸惑う香子。「母さんは、ぼけた」。父の突然の宣言によって、動かしようのない現実と向き合う日々が始まる。

印象的なのは、介護の「先輩」である女友達の言葉だ。「一つずつ、小さく小さく乗り越えていくしかないのよ」「あらゆる親切な人に頼るのよ」

徘徊して迷子になったとき、助けてくれた駅員や警察官。明るく話しかけてくれる老人ホームの若いスタッフ。気付けば、弟一家や友人、職場の仲間たちと、母を中心にゆるやかな円がひろがって、香子を包み込む。

父の急死で、母と2人暮らしとなり、フードコーディネーターの仕事との両立に腐心しながらも、高齢者施設への入所を勧める弟に反発する香子。最終的に老人ホーム入りを決める成り行きは、ファンタジーのようだ。母はいつまでも母であり続けようとして戦ってくれている。そう信じられることで、娘は強くなれる。

母娘を結び付けるのは、母の料理にまつわる家族の歴史だった。料理ノートに記された琴子のメニューを引き継いで、香子は人生を進んでいく。毎日コトコトと煮立てられる鍋のような、確かな足取りで。

別れ方は誰も選べない。順序ですら不定なのだ。どの家族にもいつか訪れる、ありふれているけれど特別な時間。そのときに支えとなるものは、きっと私も、母からもう受け取っているはずだ。(永井優子)

 

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