娘が記録した「家族」の物語
ドキュメンタリー映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」(信友直子監督)
2018年公開のドキュメンタリー映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」は、広島県呉市が舞台。認知症になった80代後半の母と、ともに暮らす90代の父の日常を、東京で働くひとり娘の信友(のぶとも)直子監督が撮影した作品だ。2016年にフジテレビ系で放送された特集が元になっている。
帰省した娘に促され、洗濯機にため込んだ大量の汚れ物を取り出す母。「うわあ、くさいね」と言いながら床にばらまいて、挙句、その上に寝転がって動かなくなってしまう…。この場面をたまたまテレビで見ていて、「カメラなんか回している場合じゃない!」と思ってしまったのを覚えている。
「わからんのよ、わからんのよ。ばかになってしもうとるんじゃけん」「どうしたらええんかね?」。膝を抱えて顔をうずめる母の苦しみをありのままに映す娘の痛みも、画面から伝わってくる。
昨年10月に刊行された同名の著書(新潮社刊)では、仕事を辞めて同居すべきではないか、壊れていく母の姿を公表してよいのかという葛藤がより克明に語られている。
テレビ放送について相談したとき、両親は「あんたがやりたい思うんなら、協力するわい」(父)、「恥ずかしいことはないわ。だって、直子はお母さんらのこと、悪いようにはせんじゃろ?」(母)と言った。
父は戦争で大学進学をあきらめた無念さから、娘には好きなことやりなさいという姿勢を貫き、自分が元気な間は家のことは心配せず、東京で仕事を続けてほしいと願う。テレビ放送がきっかけとなり、信友家では両親が拒んでいた介護サービスを導入できた。
洗濯物をめぐる衝撃的なシーンは、映画で見ると、そのあと父が登場してくる。「しょんべん、しょんべん」と言いながら、母をひょいっとまたいで、トイレに向かい、「まあ、ゆっくりやりんさい。わしが昼ごはんの弁当を買うてくるけん」。深刻な状況なのに、老夫婦のリアルな日常におかしみがわいてくる。
家事をしたことがなかった父は、「これも運命よ」と笑って、当たり前のように料理や裁縫を始める。耳の遠い父と、認知症の母とのかみ合わない会話が時にユーモラスでもある。
監督は、母が70代のときから、帰省のたびに両親にビデオ撮影の練習台になってもらっていた。だから、元気な頃の快活でユーモアたっぷりな母も映画に映し出される。
互いに思いあう夫婦の絆。老いること、生きることを、身をもって子供に示す親の愛。介護をテーマにしつつ、これはひとつの「家族」の物語だ。誇り高い両親の一番の「作品」が娘だ、ということを思い、胸が熱くなった。(永井優子)