人生の終わりに出会った友情
パコ・ロカ著「皺」(小学館集英社プロダクション)
かつて銀行の支店長だったエミリオは、認知症の症状が見られるようになり、息子に老人ホームへ預けられてしまう。相部屋になったミゲルの協力を得て、アルツハイマー型認知症の進行に抗おうとするが―。
パコ・ロカ著「皺」(小学館集英社プロダクション)は、「老い」「認知症」の問題と正面から向き合ったスペインのコミックだ。2007年にまずフランス、ついでスペインで刊行されて評判となり、2011年には日本語訳が刊行された。同年、アニメーション化された映画「しわ」は、教育番組の世界的コンクールである「日本賞」(NHK主催)でグランプリを受賞し、日本でも公開された。
ミゲルは出まかせを言って、認知症の同居者らから小金を巻き上げたり、「老いるってのはまったくタチの悪い冗談だ」とシニカルにうそぶいたりする〝不良老人〟だ。
他にも、一日中窓の外を眺め、オリエント急行に乗ってイスタンブールに向かっていると思い込んでいる女性。幼い日のなれそめの言葉を妻がささやくと、その瞬間だけ微笑む認知症の夫。施設に暮らすさまざまな老人たちのエピソードは、著者が周囲で実際に見聞きした話がもとになっているという。
ホームは2階建てで、2階は介助なしでは暮らせない人たちが住む場所だ。エミリオは、「わたしはあんなところ(2階)へは行かないよ。そのためにはなんだってする」とミゲルに手助けを求める。
アルツハイマー型認知症の進行を遅らせようと行う読書。介護職の目をごまかし、医師の記憶検査をかいくぐる作戦。物の名前を書き留めたたくさんのラベル。「人生最後の日々を、ただ眠ったりビンゴをするだけでいいのか?」というミゲルの手引きで、施設脱出の「冒険」にも出る。
人生の終わりに、友情を深めた2人。それでもエミリオはある日、2階へ去る。その食事介助に出向く、ミゲルの静かな悲しみがせつない。
エミリオの食事の場面、手を貸すミゲルらしい友の顔がのっぺらぼうに描かれる。その顔に一瞬、目鼻立ちが現れ、エミリオの皺を刻んだ口元にかすかな笑みが浮かぶ。顔は再び消え去り、エミリオも表情を失う。そのあとに続く空白のページ…。
改めて表紙を見返すと、汽車の窓から顔を出しているエミリオの頭から、古い写真が飛び出して散っていく。だが、記憶が消え去っても、彼は幸せそうに笑っている。オリエント急行で旅する女性、車掌の帽子をかぶったミゲルもいる。みんな笑顔だ。
老いへと向かう片道切符で、最期に乗り合わせた老人たち。残酷ではあっても、人生は美しい、と思える作品だ。(永井優子)