忘れてしまう祖母と結び直す家族の関係
楠章子作・いしいつとむ絵『ばあばは、だいじょうぶ』
小学生の男の子、つばさは「ばあば」が大好き。学校から帰ると、真っ先にばあばの部屋に行く。楠章子作・いしいつとむ絵『ばあばは、だいじょうぶ』(童心社)では、つばさが玄関から駆け込み、息せき切ってその日の出来事をしゃべるさまが、あたたかなタッチで描かれている。
話を聞いて、ばあばはいつも「つばさは、だいじょうぶだよ」と言ってくれる。ママに叱られたときは、泣きやむまで頭をなでてくれる。そんなばあばが、「わすれてしまう」病気になった。
得意だった編み物ができなくなる。大きな瓶に入ったイチゴジャムを全部食べてしまう。隣の家の花を掘り返して、部屋に持ち帰る。灰皿に入れたドングリと、枯れ葉のお茶をおやつに勧めてくれる。つばさは腹を立て、部屋から逃げ出し、季節がひと巡りするころには、ばあばの部屋をのぞかなくなってしまった。
ある冬の寒い日、ばあばがいなくなった。帰りを待つつばさは、ばあばの部屋の引き出しに、たくさんのメモを見つける。「トイレは、二かいのおく」「夕ごはんは、もうたべた」「めいわくばかりで、すみません」「つばさは、やさしい子」…。
孫がおじいちゃん、おばあちゃんのことを大好きなのは、大きな優しさで包んで守ってくれるからだろう。その立場が逆転したとき、新しい家族の関係が結び直される。年を取って、できないことが増えるのは悲しいが、子供の成長の契機にもなる。
あとがきに、作者の母が若年性認知症を発症して15年以上たつと記されている。初めは父に任せきりで、進行を見て見ぬふりをしていたという。気持ちの中で親を切り離してきたことを認めるのは後ろ暗い。子供ならではの素直な反応に重ねることで、大人の読者も認知症との向き合い方を虚心に考えてみることができる。
絵本は、「ごめんね」と声をかけて、冷え切った足に靴下を履かせてあげるつばさに、ばあばが「だいじょうぶだよ」と頭をなでてくれる場面で終わる。ばあばのかけてくれる言葉は冒頭と同じだが、表情は少し茫洋としている。つばさは幼さが消えた瞳で、まっすぐばあばを見あげる。ばあばを気遣いながら、でもやっぱり「だいじょうぶだよ」という言葉に守られて、家族の生活が続いていく。(永井優子)