愛する者の「死」をめぐり、魂が共鳴する物語

2019/11/07

映画『殯の森』(河瀬直美監督)

風にそよぐ木々、畝をなす山あいの茶畑、クマザサが茂る深い森…。2007年にカンヌ国際映画祭グランプリを受賞した映画『殯(もがり)の森』(河瀬直美監督)を映画館で見たとき、冒頭からスクリーンいっぱいに滴る緑に圧倒された。猛々しいまでの自然の生命力を前に、人間の生死もその摂理のごく一部でしかないことを突きつけるかのようだ。

映画の舞台は、奈良県東部の山間地。軽度の認知症の老人たちが、古い一軒家を改築したグループホームで介護スタッフとともに共同生活を送っている。その一人、しげき(うだしげき)は、33年前に亡くなった妻の思い出とともに生きていて、妻はしげきの前に姿を現し、一緒にピアノを奏でたりもする。一方、新任の介護福祉士としてやってきた真千子(尾野真千子)は、幼い息子の死を自身の過失と責め続けていた。少しずつ打ち解けていく2人だが、ある日、しげきの妻が眠る森へ2人で墓参りに出かけ、車の脱輪をきっかけに、森の奥深くへ迷い込んでしまう―。

撮影した地域では、今も自分たちの手で墓を掘り、飾りつけや道具も手作りして、村人を葬る土葬の風習が続いているという。映画冒頭には、茶畑の中を葬列が進んでゆく、ストーリーとは関係のないシーンが映し出される。また、グループホームの入所者の役回りで地元のお年寄りたちがエキストラ出演し、「生まれてくる前、どこにいたんやろ」「死んだら空の方に舞い上がっていくのかしらん」などと独白する。物語は、生きていること、死にゆくことの結び目に分け入っていく。

森の中、ようやくたどり着いた妻の墓で土を掘り返し、「土の中へ眠ろう」と横たわるしげき。妻の魂に触れられる場所が、なにより彼の安らぎの地なのだろう。

土掘りを手伝い、「もういいからね。長かったね」と深い共感を寄せる真千子。彼女もまた、森をさまよう中で息子の死を受け入れ、天に見送って笑顔を浮かべるのだ。「殯」とは、「敬う人の死を惜しみ、しのぶ時間のこと。また、その場所の意。語源に『喪あがり』、喪があける意、か」という説明文で映画は終わる。

この世ともう一つの世界とを往来するしげきに導かれ、真千子は殯を経て人生を取り戻す。介護する者と、される者という関係を超えて、魂が共鳴する。原始の森を出たとき、2人にはどんな日々が待っているだろうか。(永井優子)

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