今、できることを~皆が「当事者」のwithコロナ時代~<7>

2021/04/02

26年前の桜の季節、春に日本テレビにアナウンサーとして入社した私。アナウンサーになったことを一番喜んでくれたのは母でした。家に1人でいることの多い母にテレビで仕事をする姿を見てもらえたので淋しい思いをさせなくてすみましたし親孝行にもなりました。ちょうど10年前、40歳を前にフリーになるという大きな決断をしましたが、肩書を捨てたことで得たものが沢山ありました。全国にいる医療や介護に携わるみなさんと職種の壁を越えて交流ができているのも、「日本の医療や介護を良くしたい」という同じ志を持つ“1人の人間”として受け入れてもらえているからかなと思います。

 前回、前々回と、末期がんが判明した母との最期の日々についてお話させていただきました。今や2人に1人ががんになると言われます。治療法はこの20年ではるかに進歩し、「がん=死」ではなくなりました。がんとともに暮らし、生き生きと過ごしている方はたくさんいます。
【最期まで母らしく…家族が下した「決断」 町亞聖さんコラム5回目はこちら】

けれども20年前に私が取材を始めた頃、がん医療はまだ手術が中心で、緩和ケアなどの終末期医療は医師からは「敗北の医療」と言われていました。なぜなら積極的な治療ができないと分かった患者さんに対して、外科医にできることには限界があったからです。

取材のきっかけは母の死でしたので、テーマとしてはがん医療の中でも、進行がんや再発したときの治療の選択肢、そして母からは聴くことができなかった当事者の想いなどに重きを置いてきました。

これまで出会ったがん患者さんの願いは本当にささやかでした。「もう一度桜が見たい」「娘の結婚式に出たい」「仕事を最後まで続けたい」…。ですが、「がんを治すこと」を目的とする病院では、どうしても病状を悪化させたり、命を縮めてしまったりする可能性のある選択肢を避けざるを得ません。こうした「とにかくリスクを避ける」という姿勢は、残念ながら20年経った今もあまり変わっていません。

そして、新型コロナウイルスに直面している今、あらゆるところで同じことが起きているような気がしてなりません。命を守ることが最優先なのはもちろんです。でも、このコラムでも何度か触れた通り、目に見えないウイルスを相手に、感染リスクをゼロにすることは不可能です。コロナと向き合いながら、悔いなく生きる選択をするために必要なのは、すべての人の「覚悟」ではないでしょうか。

世界一のスピードで高齢化が進む日本では、「住み慣れた地域で、最期までその人らしく生きる」ことを目指した医療と介護の連携が各地で進められています。こうしたなか、医師をはじめとする専門職の意識にも大きな変化が起きています。きょうは「病を治すのではなく、人生の最期の時を悔いなく生きることを“支え見守る医療”があってもいい」と提唱し、実践している在宅医を紹介したいと思います。

◆一人ひとりに歩んできた人生の「ものがたり」がある

冬は深い雪に覆われる北陸地方。富山県砺波市(となみし)にその“街”はあります。

私が伺ったときも雪が降っていましたが、この冬も大雪に見舞われました。季節風から家を守るための屋敷林に囲まれた、切妻屋根を持つ家屋は「アズマダチ」と呼ばれます。自然と共生する砺波市の散居村の景色は一見の価値あり。そんな豊かでもあり、厳しくもある自然の中で、「支え見守る医療」を実践しているのは医師であり、「ものがたり診療所」の所長、佐藤伸彦先生です。

コロナ禍のなか、昨秋オープンした「ものがたりの街」。診療所のほか、賃貸住宅や地域の人たちも集まるカフェなどもある。木材を使った温かな雰囲気が印象的だ=富山県砺波市

前回のコラムで、寝たきりの状態だった母を「そこに在るだけでいい尊さ」と言ってくれたのがこの佐藤先生です。「支え見守る医療」とは、佐藤先生がかつて救急医をしていた頃、「命」を助けたはずの最先端の医療が、患者さんの「心」を最終的には救えなかった、という後悔からたどり着いた医療の形です。

医療や介護の現場で「ナラティブ(narrative)」という言葉が最近よく使われています。英語で「物語」という意味ですが、「ストーリー(story)」がすでに完成された物語だとすると、「一人ひとりが自由に、主体的に語る物語」というニュアンスがあります。

当たり前のことですが、認知症の人にも、終末期の患者さんにも、一人ひとりにそれまで歩んできた人生があり、紡いできた“ものがたり”があります。生物の「命」とものがたりを生きる一人ひとりの「いのち」には違いがあり、これからの医療は病気だけを診るのではなく、後者の「いのち」を大事にし、「ナラティブ」に耳を傾けるべきだと佐藤先生はずっと訴えてきました。同じように考える医療・介護従事者が少しずつ増えてきた矢先、コロナ禍によって、生命体である「命」を守る代わりに、ものがたりを生きる「いのち」にとって大切なことを、たくさん諦めなければならない状況になりました。今もそれは続いていて、多くの人が苦しみ葛藤しています。

◆我が家のように家族と自由に過ごせる「第三の場所」

「人生の最期に近づいた人々の“物語”に寄り添い、支える医療を」と佐藤先生が「ものがたり診療所」を砺波市に作ったのはもう10年以上前のこと。そして、終末期を迎えた患者さんが住まう「ものがたりの郷」は、必要な時に必要な医療や介護を切れ目なく受けられる、病院でも介護施設でもない“第三の場所”でした。

年に1度全国の医療・介護職の方々が集う「ものがたり合宿」にて佐藤先生と。この合宿は命や暮らしと向き合う専門職のみなさんの素顔に触れられる機会でもあります

最期は自宅で過ごしたいと多くの人が願っていますが、介助に必要なリフォームをしたり、容体の急変に備えたりすることは、患者さんと家族にとって物理的にも精神的にも大きな負担があることも確かです。ものがたりの郷は賃貸住宅なので、我が家と同じように家族と一緒に食事をしたり、外出したりすることも自由にできます。医療・介護スタッフが身近にいますので、訪問診療、訪問看護、訪問介護などのサポートを受けながら、ライフスタイルに合った暮らしを安心して送ることができるのです。

これは既存の制度からこぼれ落ちてしまう人を支援するために佐藤先生が考案したアイディアですが、当初は「無許可の病棟を作り始めた」と批判されたそう。ですが、この試みは現在のサービス付き高齢者向け住宅の原形となり、今では当たり前になりました。

◆“ものがたり”を共有してきた家族だからできること

終末期医療ではよく「尊厳」という言葉を耳にしますが、「尊厳とは?」の答えを佐藤先生は看護師さんたちから教わったそうです。ものがたりの郷で過ごす患者さんのことをもっと知りたい、と看護師さんたちが家族と一緒に作り上げた「ナラティブアルバム」にはその患者さんが赤ちゃんだった頃、仕事をする様子、奥様との出会いなどそれまでの“人生”が刻まれていました。

実は母を在宅で看取った私が唯一後悔しているのが、母が生きているうちに家族で過ごした日々を一緒に振り返らなかったことです。末期がんと告げられた母の余命は半年…「来年はもうお母さんはいない」という現実が、あまりにも辛く悲しすぎてアルバムを開くことができなかったのです。でも、このナラティブアルバムの話を聴いたとき、「ものがたり」を共有してきた家族だからこそ、できることがあったのではないか? とハッとさせられました。

◆「尊厳」という言葉は最期まで生き切る生命にこそふさわしい・・・

最期の時を見守る家族やスタッフがその人の人生の「ものがたり」を一緒に紡ぐプロセスの中で、初めて尊厳という言葉が血の通ったものになるのです。「尊厳死」という表現が使われますが、尊厳は決して「死」だけを形容するものではなく、最期まで悔いなく生き切る「生命」にこそふさわしいと私は考えています。
また「看取る」という言葉も、息を引き取る瞬間に立ち会うことをイメージする人が多いかもしれませんが、看取りは余命が分かったときからすでに始まっています。いつ母との別れの時が来てもよいように、と覚悟をしていた一日一日、いえ一秒一秒が私にとって看取りの時間でした。死後の処置をするために駆けつけ玄関先で号泣してくれた訪問看護師さんたち、大きな花束を握りしめて仕事から帰って来た弟も、母の看取りにしっかり立ち会えたと思います。

次回に続きます】
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≪プロフィール≫
まち・あせい 埼玉県出身。小学生の頃からアナウンサーに憧れ1995年に日本テレビにアナウンサーとして入社。その後、報道局に異動し、報道キャスター、厚生労働省担当記者としてがん医療、医療事故、難病などの医療・介護問題などを取材。また北京パラリンピックでは水泳メダリストの成田真由美選手を密着取材。“生涯現役アナウンサー”でいるために2011年にフリーに転身。脳障害のため車椅子の生活を送っていた母と過ごした10年の日々をまとめた著書「十年介護」を小学館文庫から出版。医療と介護を生涯のテーマに取材、啓発活動を続ける。(公式ブログ→http://ameblo.jp/machi-asei/

≪出演番組≫
☆文化放送 毎週土曜あさ5時35分~5時50分
「みんなにエール!~障害者スポーツ応援番組~」
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