要介護でも〝働く〟を実現
認知症などで介護が必要な高齢者も、「何もできない」わけではない。介護施設で1日を過ごすのもいいけれど、実社会で〝ちょこっと仕事〟に携わってみたら…。要介護の人が日中を過ごす介護保険のデイサービス(通所介護・デイ)に新風を吹き込む介護事業所を紹介する。

◆つえなしで歩行も
「いつもはつえで歩く人が、仕事中はつえなしで動く。みんな意欲的になり、仲間意識も生まれました」
介護福祉士の角谷(かくたに)美恵さん(40)は、認知症の高齢者らの変貌ぶりに驚く。千葉県船橋市のデイサービス事業所「やすらぎの森 前原」の利用者らが、デイの利用中にコンビニエンスストアで〝ちょこっと仕事〟を始めた成果だ。
この日は、認知症などで要介護の3人が午前の1時間程度、セブンーイレブン船橋夏見1丁目店で清掃や商品の陳列・整理などに携わった。
日頃はつえで歩く川下昌子さん(79)は、「働くのはいいこと。元気になった」。市川きみえさん(75)も「みんなのためになるのは、とっても楽しい」と口をそろえる。
3回参加すると、系列店でも使える1000円分の商品券が受け取れる。これが楽しみ、という柴田敬子さん(83)は、「もらうと一気に使っちゃう。私は食いしん坊だから、この仕事はいいですよ。あまり辛くなくておいしい塩辛があるの」

◆社会と接点あるデイサービスに
介護保険のデイサービスは、施設で昼食を取って入浴をして、アクティビティをするのが一般的だ。
だが、「やすらぎの森 前原」の責任者、森重貴之さん(41)は、社会と接点を持てるデイにしたいと積極的だ。理解のある経営者を紹介してくれる人がいて実現した。
「デイでは『帰りたい』と不安定になる人が、働いているときはスイッチが入ったようにきちんとする。身体機能も飛躍的に良くなった」と言う。
〝働く〟と言っても、高齢者らは今は接客には当たらない。しかし、いずれはできるようになるのが夢。コンビニに来店するのは地域の人が多いから、顔見知り同士で接客の遅さを許容したり、助けたりできるといい。「コンビニは社会のインフラ。全国どこでも高齢者のインフラになりえる」

◆「やめられない」
介護職として15年の経験がある角谷さんも、〝目からうろこ〟の連続だ。「みんな心の底からの笑顔が出て、これが食べたいとか、あそこへ行きたいとか自己主張するようになった。何が起きるか分からない大変さはあるけれど、一度やったらやめられない」と仕事を楽しむ。
セブンーイレブン船橋夏見1丁目店の江口大輔店長(41)も「最初は心配したが、皆さん、予想以上にできることがある。人手の少ない時間帯に一部でも任せられれば、スタッフは別の仕事に力を注げる。すごく助かっている」と協力的だ。

◆厚労省も促進検討
厚生労働省は平成30年、介護サービスを利用中の人が有償ボランティアとして〝働く〟場合の注意点を示した。介護スタッフの見守りが必要で、働く場所や時間、業務内容に本人の意向を尊重するのはもちろんだ。本人が満足感や達成感を得られるよう、謝礼を受けることも可能とした。
しかし、取り組む介護事業者も協力企業も、なかなか増えない。厚労省は今年10月、来年度以降の介護サービスを検討する専門分科会で、こうした社会参加活動について、「利用者にとって心身機能の維持向上に資するのみでなく、要介護状態となっても社会で役割をもつことができるようになる」とし、促進策を検討している。