「介護の力は大きい」支援した医師の見たクラスター
落ち着いたかに見えてぶり返す。新型コロナウイルスの行方は見通せないが、やや落ち着きを見せるこの時期にしておくべきは何か。富山市の介護老人保健施設で発生したクラスター(感染者集団)対応で応援に入った医師に聞いた。

◆「見捨てられない」
「高齢の入所者が、介護職に声をかけられて笑顔になる。これまで、介護の力を分かっていなかったと反省しました」
富山市の介護老人保健施設「富山リハビリテーションホーム」で新型コロナウイルスのクラスターが発生したのは、今年4月中旬。富山大学付属病院総合診療部から、県の医療支援チームとして支援に入り、終息まで伴走した山城清二教授はそう振り返る。
発端は、入所者が相次いで病院搬送され、うち1人がPCR検査で陽性と分かったこと。施設には、入所者65人と職員64人がいたが、59人の感染が分かり、15人が亡くなった。
県対策本部の要請を受けて、火中の栗を拾ったのが山城教授だ。事前の状況把握の折に見た入所者の姿が、自身の母親に重なった。平均年齢は約90歳。見捨てられない、との気持ちが優先した。
◆人手足りずに
一般に、施設内で新型コロナの感染者が出たら入院させるのが原則だ。だが、同施設では重症者は搬送したが、感染者が多すぎるなどから、やむなく施設内で診ることになった。
山城教授らはまず、施設内を陽性者のスペースと陰性者のスペースに分けて医療提供を始めた。一方、難渋したのが介護職の不足。支援に入った時には、施設のスタッフはわずか6人になっていた。
背景には、クラスター発生時に避けられない課題がある。「スタッフの3分の1はPCR検査で陽性が判明して入院。3分の1は濃厚接触者と判断されて自宅待機。そのほか、家族に反対されて職場に出てこられなくなった人もいた」(山城教授)
介護の人手が足りず、山城教授自ら、食事を介助したり、高齢者の身体を拭いたりした。食べたがらない人に食べさせるのは至難の業だ。山城教授は、「全然食べない人には『だめですよ。最低5口』とか、『あと3口食べてください』と、ほぼ無理に食べさせていた」と苦笑いする。
施設内では、陰性なのに死亡した人もいた。「もっと介護力があれば亡くならずに済んだかもしれない」と述懐する。
◆日頃から話して
他施設などから応援の介護職が入ったのは1週間後。施設内の雰囲気はがらりと変わった。
山城教授の介助では食べなかった入所者が、介護職の介助なら、出された食事を食べきる。山城教授は「介護の専門職が、低い位置から目線を合わせて話すと入所者に笑顔が戻った。介護の技術があると、みんな明るくなる。これまで分かっていなかったと反省した」と言う。
痛感したのは、日頃の準備や体制作りの重要性だ。非常時のスタッフ確保以外にも課題はある。例えば治療方針の意向確認。救急搬送して人工呼吸器をつけるかどうかなど、高齢者施設では常にある課題だが、本人の意思が共有されていない施設もある。
「コロナに感染した患者を前に、意向を聞くのは難しい。有事の時に話せないからこそ、日頃から話しておかないといけない」(山城教授)
新型コロナウイルスは、高齢者の死亡リスクが高い。だが、感染した高齢者が必ず亡くなるわけではない。山城教授は、高齢者らの外出自粛による体力や認知機能の低下を懸念する。「100歳超でかかっても亡くならない人もいる。かかっても重症にならないよう、今こそ介護予防、フレイル(虚弱)対策が大切」と話している。
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堀田聰子慶応大大学院教授(地域包括ケア)の話 感染者はどこでも発生しうる。陽性者対応を経験した施設からクラスター化を防ぐ知恵を学び、いざというときに人員、感染症に関する知識や技術、物資等をどう確保するのか、地域全体で体制を作っておく必要がある。有事にも日頃の連携が鍵になる。今だからこそ近隣で気にかけあうひと声が、誹謗中傷を防ぐことにもつながるのではないか。