つながりある〝まち〟=南医療生協「よってって横丁」
曇り空が続いた7月のある日。ホールの片隅に、ささやかな朝市が立った。みずみずしいトマトやナス、キュウリ、ジャガイモなどが並ぶ。
「本当にごめん。長雨で野菜が少なくて」
「ナスは水分がすべてだから朝採りが一番。でも、とげがあるから気をつけて」
(産経新聞2019年8月9日掲載)
「選ぶ楽しみある」
農業と農産物の仲卸を営む加古武志さん(41)と雅子さん(33)夫妻の朝市は、名古屋市緑区にある南医療生活協同組合(南生協)の「よってって横丁」に開かれる。この横丁は高齢者向け集合住宅、介護施設、多目的広場、レストラン、隣には病院も抱えるちょっとした〝まち〟だ。
週に数回、横丁で朝市を開き、病院や施設を利用する高齢者らに野菜を売る。
武志さんは「ほとんどボランティア。採算は合わないですね。でも、見て見ぬふりは嫌だったし、将来、自分も見向きもされなかったら寂しい。ネット通販もあるけれど、買い物には、見て、選ぶ楽しみがあると知った」と話す。
雅子さんも「親族でも、友だちでも、同僚でもない人と話をするのは気持ちが上がる。話が日々変わっていくし、多くの世代の色々な生活が見えて、メリハリがある。やってみて分かる面白さがあった」と振り返る。
買い物客が雅子さんをねぎらう。
「人をいたわる気持ちがあるのよ。ヘルパーさんの資格があるのかと思うくらい」

「困りごと記入して」
加古さん夫妻が移動販売を開始したのは、南生協の「おたがいさまシート」がきっかけだ。
シートは南生協が地域にほどよいおせっかいを作ろうと考案した。住民が自分や知り合いの困りごとをシートに記入し、南生協が集約。生協の組合員でもある「おたがいさまサポーター」らと解決の道を探る。
加古さん夫妻も、近隣のサポーターから、「スーパーが閉店して、高齢者が買い物できずに困っている地域がある。売りに行かないか」と持ちかけられて移動販売を始めた。それが評判となり、横丁でも朝市を開くようになった。
シートに記入される困りごとは、買い物、ゴミ出し、病院への送迎、庭の草取り、ペットの世話などさまざま。200人のサポーターが問題解決の経験を重ねた今は、もっぱら医療や介護の専門職がSOSを出してくる。加古さん夫妻を移動販売へと動かしたシートも、南生協病院の医師が出した。患者が買い物難民になっていると知ったのがきっかけだった。
住民が参加する意義について、南生協の成瀬幸雄代表理事は「住民は専門職の限界を超える」と指摘する。草むしりを頼まれて訪問した住民は、訪問先に同居の家族がいると、「家族に頼むのが先」とたしなめる。
生活のささやかな楽しみはしばしば、医療や介護の公的サービスからこぼれ落ちる。だが、成瀬代表は「都会型の村落共同体を作れば、生活は相当程度、改善する」と話し、こう続けた。
「関わることで、困っていた相手が笑顔になり、心を閉ざしていた人が話をするようになる。そんな無数の体験を積み重ねると、地域は力を発揮する。人生にはお金も大切だが、お金では買えない貴重なことがたくさんある」