おしゃれして笑顔に=出張美容「トリップ サロン アン」
1950年代の洋楽が流れ、ベルガモットの香りが漂う。鏡のそばには、古き良きアメリカ風のビンテージ雑貨が置かれていた。
7月下旬、特別養護老人ホーム「やわらぎの郷」(千葉県市川市)の理容室は、本物の美容院のような雰囲気に様変わりしていた。出張美容を手がける「トリップ サロン アン」の施術の日だ。
「お体の調子はいかがですか?」(2019年8月8日掲載)

美容師の若菜香織さん(33)が、慣れた手つきで、80代の女性入所者の髪にトリートメントをつける。「もともとのお住まいはどちらでしたか?」「新宿なんですよ」|。会話が弾むよう、ときには昔の映画音楽をかけたり、戦時中の話を聞いたり、相手の鮮明な記憶に働きかける。
若菜さんの丁寧なブローで、髪全体にボリュームが出てくる。鏡に映る女性の姿は施術前より若々しい。「さっぱりしました。ありがとうございます」と笑みがこぼれた。
時間に融通利く
高齢や病気などのため、美容院に通えなくなった人のもとを訪れ、カットやパーマなどのサービスを提供するのが出張美容だ。
若菜さんは、もともと都内の美容院で働いていたが妊娠を機に退職。子供2人を育てながら業務委託などでも働いたが、今年4月からアンの登録社員になった。
土日が忙しい美容院勤務と違い、仕事は平日のみ。若菜さんは午前9時から午後4時まで働く。チームで動くため子供の急な病気にも対応してもらえる。「長く働きたいと思って選びました。出張美容は将来性があり、時間に融通が利くのもありがたい」と若菜さん。
やりがいも大きい。美容院では客と1対1の関係だが、出張美容では施設職員や家族が同席することも。「利用者の方が周囲からほめられて笑顔になる様子を見ると、いい仕事ができたのかな、と思えます」。
施術前には部屋まで入所者を迎えにいく。車いすを押すこともあれば、手をとって一緒に歩くことも。研修で学んだ介護知識を生かし、寄り添う時間を大切にする。「体の不調は見た目では分からないので戸惑いもありました。でも、心の底からの『ありがとう』という言葉が励みになります」という。
変わらぬ気持ち
高齢になって美容院に行けなくなってしまう人も多いが、「きれいになりたい」という気持ちはいくつになっても変わらない。アンでは、アロマやBGMなどで雰囲気作りに力を入れる。カット料金は施設によって異なるが、平均3000円で、リピーターも増えてきた。
今の高齢者は、青春時代からファッションを楽しんできた世代だ。「自分の好きな髪形になると意欲が増す。服がほしくなったり、家族に会いたくなったり。利用者の変化を感じられます」とアンの湯浅一也社長(32)は言う。
その人らしいおしゃれを楽しむこと。それは、生きがい作りにつながるだけでなく、家族ら周囲も笑顔にする力になっている。