「おいしい」が励みに=地域食堂「なつかしの家」
年齢を重ね、体が弱ってきたら、支えてくれるのは医療や介護といった公的サービスだ。でも、それだけでは暮らせない。食事に美容、買い物…。生活はたくさんの〝些事(さじ)〟と、少しばかりの楽しみでできている。ちょっとした手助けがあれば、誰もが住みやすい「まち」ができそうだ。生活に彩りを添えることだって、命に伴走することだって、人と暮らしのそばには、いろんな仕事や働き方がある。いっしょに、寄り添って、まちをつくる。そんなありようを届けたい。(産経新聞2019年8月7日掲載)
岩手山に抱かれるように田園地帯が広がる。岩手県八幡平市にある「古民家食堂 なつかしの家」。木の看板がかかった築100年の古民家には、昼時になると近所の住民が次々と訪れる。人気はメイン料理に、野菜のあえ物や煮物の小鉢がついた「日替わりランチ」(650円)だ。
建物は今年4月、デイサービスから地域食堂に〝衣替え〟したばかり。月曜から土曜まで、3人の女性スタッフが調理や配膳(はいぜん)、後片付けを担当している。
「お客さまから『おいしい』『この前食べたメニューをまた食べたい』と言われると励みになります」
メニューを考え、調理も担当する阿部多恵子さん(50)は話す。調理師免許を持ち、病院の食事やスーパーの総菜を作ってきたが、「レシピ通りではなく、自分でメニューを考えて作るのは初めての経験」という。
スーパーに勤めていたときの同僚に誘われ、デイサービスだった当時の施設で働き始めた。最初はパートとして1日数時間、調理だけでなく、施設のイベントを盛り上げたり、利用者のトイレ介助をしたりしていた。2人の子供が手を離れ、「正社員になってもっと長く働きたい」と考えていたとき、施設を運営していた「里・つむぎ八幡平」の高橋和人理事長から、「調理を任せる」と言われ、正社員になった。
自宅で試作メニューを作り、写真共有アプリ「インスタグラム」の反応も気にしながら食堂での一品を決める。「インスタントのものはなるべく使わず手作りするのが私のスタイル。手をかけたものをおいしいと言ってもらえるのがベストだと思う」とやりがいを感じている。
こだわりは食材にも。食堂を手がける一般社団法人「すばる」は、周辺の畑でナスやトマト、ピーマンなどの野菜づくりに取り組んでいる。こうした地域の野菜が食堂ではふんだんに使われる。「取れたての野菜を調理するのが一番ぜいたく」と阿部さん。
遠方から来客も
始めたばかりの食堂とあって、まだそれほど知られていないが、デイサービスの利用者や、近所で独り暮らしをするお年寄りが利用するほか、遠方からも客が訪れるようになった。
一般の客だけではない。食堂では「里・つむぎ八幡平」が運営するグループホームなど、施設への配食も行う。高橋理事長は「これまで各事業所で作っていたが、3食で1日5時間くらいかかる。セントラルキッチンを作って、空いた時間を利用者と触れ合う時間に充てたい」と理由を語る。
配食用の食事を作る鈴木支麻さん(26)はここで働く前、病院で入院患者向けの食事を作っていた。
「病院の食事はどうしても味が後回しになってしまう。ここでは普通食に近い形で、手の込んだものが作れるんです」
地域に生かされ、地域に受け入れられて発展していく食堂。古民家の壁にある大きな神棚が、まちの高齢者を見守っていた。